• 撮るほど虚しい

    若干だがFUJIFILM X-T5の売却を考えている。性能に不満があるわけではないが、プライベートで撮るときに、デジタルカメラという選択をしている自分に違和感がある。何枚でも撮れるし、すぐに確認できるし、やり直しも効く。撮れば撮るほど、それが虚しくなる。手応えのようなものが残らないまま、ただ画像だけが増えていく。何かを積み上げているという感覚も希薄だ。フィルムが絶対正義で、デジタルがだめだと言いたいわけではない。その前提で素晴らしい写真を撮っている人はいくらでもいるし、私の感覚が基準になるとも思っていない。ただ、私はフィルムで撮るときの、あのわずかな緊張感や、結果がすぐに見えないことへの距離感、そういうものも含めて写真だと思っている。フィルムで撮るときのほうが、少なくとも納得してシャッターを切っている。分かっている。私はフィルムが好きで、フィルムで写真を撮ることが、ただ単純に幸せなのだ。

  • 撮れるのに撮りたくない

    フィルムの価格がここまで上がると、さすがに無視できない。撮影の頻度を落とすか、別の手段を考えるか。そういう現実的な判断が必要になる。そこで選んだのがデジタルカメラ(FUJIFILM X-T5)だった。約一ヶ月使ってみて、少なくとも道具としては、ほとんど問題がない。ただ、それとは別に、まったくテンションが上がらない。何枚でも撮れるという状況も、思っていたほど嬉しくない。むしろ制約がなくなったことで、どこか焦点がぼやけた気がする。撮り直せる、後で選べる、いくらでも増やせる。そう思った瞬間に、一枚ごとの重みが軽くなる。もちろん、それが悪いという話ではない。そういう自由さを前提に成立している表現もある。ただ、私にとってはあまりしっくりこない。プライベートでカメラを持ち出す理由として、十分に機能していない。問題はカメラではなく自分の側にある。デジタルという仕組みに対して、楽しさを見つけられていないだけだと思う。

  • 好奇心の育て方

    ふとしたことから、「好奇心の育て方」についてAIに聞いてみた。返ってきた答えの中に、「週に一冊、まったく興味のない本を読んでみる」という提案があった。なるほど、と思う。分かりやすいし、実際に効果もありそうだ。いま私のKindleを開くと、並んでいるおすすめはほとんど同じ方向を向いている。船、観光、日本史。どれも自分がこれまで選んできたものの延長線上にある。当然といえば当然だ。レコメンドはあくまで過去のデータに基づいている。自分の興味を補強はしてくれるが、外側に連れ出してはくれない。紙の本屋で棚を眺めながら歩いていると、意図せず目に入った本を手に取って、そのまま買ってしまうことがあるが、そういう偶然が、興味の幅を少しずつ広げてくれる。それを考えると、Kindleでも同じことができるはずだ。おすすめに従うのではなく、あえて外して歩いてみる。少し無駄が増えるかもしれないが、たぶんそのほうが面白い。

  • 撮ったのか、見たのか

    ここ最近、インスタでは旅をしている人を好んでフォローしている。理由は単純で、彼らの写真が面白いからだ。昨日はスカイツリーの夜景、今日は中目黒の桜、明日は東京駅のリフレクション。そうやって、毎回どこかで見た「インスタのための写真」を順番になぞっているような投稿は退屈なだけで、撮っているというより、消費しているだけに見えてしまう。その点、旅をしている人の写真には、もっと素朴な強さがある。構図が完璧でなくても、光が理想的でなくても、「この人は確かにこれを見たんだな」と思える写真がある。それはたぶん、写真の上手さというより、視線の新しさに近い。見慣れた場所を、見慣れた正解に寄せて撮るのではなく、その土地で実際に立ち止まり、目に入ったものを自分の感覚で受け取っている。その痕跡がある写真は、やはり強い。結局、見たいのは完成度よりも実感なのだと思う。「インスタのための写真」よりも、「ちゃんと見た人の写真」に惹かれる。

  • 刑事J.B.ハロルドを遊ぶ

    時々、無性にゲームがやりたくなる。久しぶりに任天堂のサイトからSwitchのソフトを物色していると目に止まったのが『刑事J.B.ハロルドの事件簿 ~殺人倶楽部~』。もともと名探偵ポアロのような古典的な推理ものが好きなので、この手の作品にはどうしても手が伸びる。値段も手頃だったので、特に迷うこともなくダウンロードした。実際に遊んでみると、かなり地道な作りだった。とにかくコマンドを総当たりで選び続ける、いわばリアルな「現場百回」型のゲーム。テンポの良さとは無縁で、進行もどちらかといえば鈍い。終盤はやや唐突で、もう少し積み重ねが欲しかったという物足りなさもある。ただ、その途中の地味さは嫌いではなかった。むしろ、派手さに頼らず進んでいく感じは、今となっては少し新鮮ですらあると思う。ゲームとして突出しているわけではないが、こういう少し古風で不器用な作りのものに触れると、逆に落ち着く。さて、次は何を遊ぼうか。

  • 誰にも見つからない人

    この人のようになりたい、と誰かに憧れる感覚がよく分からない。優れた写真を撮る人や、魅力的な生き方をしている人を見て「いいな」と思うことはあるが、それをそのまま自分の理想として引き受けることができない。たぶん、私の理想がかなり特殊で、しかも都合がいいからだと思う。投資でも宝くじでも、あるいは単なる2世のボンボンでもいい。理由は何でもいいが、十分なお金があって、仕事をする必要がない。時間に追われることもなく、好きなタイミングで電車でも船でも車でも乗って、気の向くままに旅をする。そして、その先々で素晴らしい写真を撮る。そのときに見たものを、そのまま残すような写真だ。さらに、それをいちいちSNSにもブログにも載せない。記録として手元に置いておく。そういう人が、自分にとっての理想だ。外から見つけられるはずがない。見つからないから、憧れようもない。結局、自分の中で勝手に作った像を、理想と呼んでいるだけだ。

  • 写真の続け方

    写真とどう付き合うのが自分にとっての幸せなのか、と考えることがある。結局のところ、特別な答えはなくて、ただ日常を撮り続けていければそれでいいと思っている。かつてはコンテストにも関心があったが、IPAやPX3を受賞したあたりから、評価よりもシャッターを切る行為そのものに意識が向くようになった。撮った写真をどこかに載せる必要も、あまり感じていない。記録として残っていれば、それで十分だと思う。できればフィルムで撮りたい。今使っているのはLeitz Minolta CLだが、もしこれがいよいよ使えなくなったら、次はLeica M-Aを選ぶと思う。「いつかはLeica」という発想はこれまでほとんどなかったが、自分がファーストオーナーになれる機種はそう多くない。それに、露出計すら持たない完全機械式のフルマニュアルという構造には、やはり惹かれるものがある。できるだけ単純な道具で、できるだけ単純に撮る。それ以上のことは、あまり求めていない。

  • 相棒という言葉の過剰

    カメラを「相棒」と呼ぶ風潮に、どうも馴染めない。便利な言葉だとは思う。長く使っていれば愛着も湧くし、そう呼びたくなる気持ちも理解できる。実際、Leitz Minolta CLはそれなりの時間を一緒に過ごしてきた。だいぶガタもあるが、それも含めて手に馴染んでいる。そういう意味では、相棒と呼ばれているものに近い状態なのかもしれない。それでも、シャッターを切るのは自分で、判断するのも自分だ。カメラはそれを実行するための装置でしかない。そこに関係性を見出すのは自由だが、少なくとも自分には少し過剰に感じる。新しく買ったFUJIFILM X-T5に関しては尚更だ。目を瞑ってでも全てを操作できる、そういうくらいに使い込んでいないものを「相棒」と呼ぶのは、さすがに先走りが過ぎる。結局、自分にとってカメラは、よくできた道具でしかない。長く使っているからこそ、わざわざ言葉で特別扱いしなくてもいいと思っている。

  • 迷わないためのデザイン

    ブログを始めて一週間が経った。我ながら、このブログのデザインはなかなか良いものだと気に入っている。理由は単純で、余計なものがほとんどないからだ。装飾も機能も必要最低限。目立つことよりも、邪魔をしないことに重きが置かれている。できることは多くないが、その代わりに余計な判断を迫られない。迷う余地が減り、結果として書くことに集中できる。何かを足すよりも、何を削るかを考えるほうが重要だ。それは写真でも同じで、余計な要素を取り除いたときに、ようやく輪郭が見えてくる。このブログもそれに近い。整えているというより、できるだけ手を加えないようにしているだけだ。他人の目には少し味気なく映るかもしれないが、そのくらいでちょうどいいと思っている。

  • 結論は年末ジャンボ

    今では人生百年時代などと言われているが、私が子供の頃といえば人生は八十年だった。だから40歳を越えたあたりから、自然と「折り返しを過ぎた」という意識がある。残りの時間をどう使うのか。何をもって幸せとするのか。そういうことを、以前よりも少しだけ真面目に考えるようになった。とはいえ、考えたところで明確な答えが出るわけでもない。仕事、生活、人との距離。どれもそれなりに重要だが、決定打にはならない。結局のところ、日々は大きく変わらず、なんとなく納得したような顔をして、なんとなく続いていく。その中で、ふと現実的なことを考える。この先の時間を、もう少し余裕を持って過ごせたらいい。そう考えたときに、思いつく答えは意外と単純だ。資産形成でも、自己実現でもなく、もっと即物的なもの。そう、とりあえず、年末ジャンボが当たってくれればいい。

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